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大阪地方裁判所 昭和42年(ワ)4683号 判決 1969年5月31日

原告 山本ます 外四名

被告 国 外六名

訴訟代理人 鎌田泰輝

主文

原告らの被告ら各自に対する請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事  実 <省略>

理由

第一、請求原因(一)については被告薮ノ、同和歌山相互の関係において、同(二)については右同被告らおよび被告国との関係において当事者間に争いがなく、その余の被告らは右同(一)(二)とも明らかに争わないところであるから自白したものとみなされる。

第二、そこで本件買収処分の無効原因たる瑕疵(請求原因(三))の存否につき考えるまえに被告らの時効の抗弁(事実三)につき考える。

(一)  被告ら主張の府知事が昭和二二年七月二日付で本件土地につき自創法一六条に基き(被告薮ノ、被告銀行については弁論の全趣旨により右買収法条の点を認める)被告平田の被相続人平田秀三郎に対し売渡処分をなした、右売渡処分による所有権移転登記の受付の日が昭和二五年三月一〇日であることは当事者間に争がない。そして、右事実よりすれば亡秀三郎はおそくとも右登記受付の日には新権原である売渡処分により本件土地の自主占有を開始したものと推認できる(けだし、自創法の建前よりすれば売渡処分は売渡通知書の交付によりなされその後に売渡登記がなされるのであるが、それが小作人に対してなされる場合には右売渡通知書の交付により小作人の従前の代理占有が新権原による自主占有に変るというべきところ、被告平田本人の尋問結果によれば秀三郎は本件土地を小作人として耕作しており日時は判然としないが右売渡通知書の交付を受けたことが認められ、これに反する証拠はないからである。

(二)  次に秀三郎が前記自主占有の始めに売渡処分により自己が所有権を取得したものと信ずるにつき善意無過失であつたか否かにつき原告らの抗弁とともに考える。

(1)  (悪意の抗弁について)

おもうに政府から農地の売渡を受けた者は、特段の事情のない限り自己が該土地所有権を取得したものと信ずるのは当然であり、すなわち善意であると推認されるのであつて、而も右善意とは権利か自己に帰属しないことを知らぬだけでなく、更に権利が自己に属することを信ずることである。それ故かりに売渡を受けた者において売渡処分の前提である買収処分の瑕疵を構成する事実の存在を知つていたとしてもそのことから直ちに右善意の推定をくつがえし悪意と認めることは出来ない。けだし現に建物の存在する敷地を農地として買収したという如き場合は別論とし、行政処分の瑕疵による無効を知るには法律知識が要求され、右判断を通じて自己の占有が権原に基くものでないことまで知り、または権利の有無についてうたがいを抱いた場合に始めて悪意といえるからである。これを本件についてみると、先ず<証拠省略>によれば、本件土地は本件買収売渡当時一筆の土地で、地目も田であつたこと、秀三郎は法律知識のない百姓兼植木職人で昭和一二、三年頃より本件売渡当時までは小作人として、その後は所有者として耕作をつづけて来たこと、原告ら先代亡吉之助も右耕作事実を知り乍ら本件買収時までに何ら異議をのべたことがなかつたことが右認められ、右認定を左右する証拠はない。従つて買収当時本件土地は空地で不耕作地であつた旨の原告らの主張は理由がない。

そして請求原因(三)(1) の原告らの主張事実は右認定の如く本件土地が買収当時現況農地(耕作地)であつた限り、同(三)(1) のその余の主張事実が仮に認められるとしてもこれにより非農地と評価判断すべき明白な事情ありといえないからこれを以て買収処分の無効原因を構成するものとはいえない。従つてこれが秀三郎の無権限占有開始の原因となる旨の原告主張は理由がない。また前同(2) については仮に秀三郎の前記認定の耕作権限に瑕疵が存したとしても、前同認定の秀三郎の耕作事実が原告ら先代の知悉のもとに買収処分までの間長期間に亘り継続されて来たことと対比するとき格段の事情も認められない本件では無効原因となるべき明白性ありと認められるかは極めて疑わしく、これに前認定の秀三郎の法律知識の程度を併せ考えると、なお前示善意の事実上の推定をくつがえすべき特段の事情ありといえない。そして他に右推定をくつがえし、またはこれとは別に悪意そのものを認むべき証拠はない。

よつて原告らの抗弁は理由がない。

(2)  (無過失について)

おもうに政府から農地をその小作人として売渡を受けた以上、売渡によつて自己が所有者と信ずるのは当然であつて、よほど特別の事情のないかぎり、そう信じるについて過失はなかつたものと認めるのが相当である。けだし売渡処分をうけた者にその売渡処分またはその前提である買収処分に無効事由たる瑕疵がないことまで確かめなければ所有者と信ずるにつき過失があるというのは法律知識のない一般人に難きを強いるものといわねばならないからである。これを本件についてみるにかりに本件土地の買収処分に原告主張の如き瑕疵が存したとしても秀三郎において自己が所有権を取得したと信じるにつき過失があつたと認むべき特別事情は認められない。すなわち、請求原因(三)(1) が秀三郎の占有の無権限の原因となる旨の原告主張自体失当なことは前記のとおりである。前同(2) についても前記の如く仮に秀三郎に耕作権限がなかつたとしても、これがためその買収処分の無効とまで認められることは極めて疑わしいことは前記のとおりであり、買収時における法律上の判断結果たる耕作人の無権限ひいては買収処分の瑕疵自体を秀三郎が自らの法律判断により知つていたとは本件では証拠上とうてい認められない。そして仮に秀三郎が無権限を構成する事実自体を知つていたとしても、当の政府が買収処分に瑕疵のないもの、即ち秀三郎を買収時の小作人即ち同人に耕作権限ありと認定して買収、売渡をしているのに、前記のとおり法律知識が特にあるとも認められない秀三郎に、しかも前記のとおり長期間に亘り原告ら先代の知悉のもとに買収時まで耕作を継続してきたという客観的状況下にあつて、右自己の耕作権限の瑕疵を構成する事実を知つていた一事から直ちに売渡処分の有効無効すなわち自らの収得すべき所有権の存否という法律的判断事項にまで注意すべきということは無理な注文であるというべきである。よつて他に証拠上特段の事実も認められない本件では未だ前記無過失の事実上の推定を覆すべき特段の事情はないという外ない。

以上のとおりであるから、秀三郎は本件土地の売渡を受け自主占有を始めるにつき自己に所有権が属すると信ずるにつき善意無過失であつたというべきである。

(三)  抗弁事実(三項)の(二)のうち各主張日時における主張被告の主張土地の占有承継及び、現占有者の承継以来の占有継続は被告平田の本人尋問結果及び弁論の全趣旨により容易に認められ右認定を覆すに足る証拠はない。そうだとすると亡秀三郎及び転売するまでの被告平田の占有の継続は法律上推定されるところでもあるから、右同項被告主張どおりおそくとも昭和三五年三月一〇日に、第一、第四土地については被告平田が、第二土地については被告堺市が、第三土地については被告泉相互が夫々時効によりその所有権を取得したというべきである。

次に抗弁前同(三項)の(三)の関係被告が各関係登記原因を関係土地について有することは原告らの明らかに争わないところであるから自白したものとみなされるから、右関係被告らは関係土地につき独自の利害関係を有し右時効の援用権を有すること明らかである。

以上のとおり被告国を除くその余の関係被告の関係土地に関する時効援用により、原告らは本件土地の所有権を喪失したというべきである。

第四、よつて原告らの、同人らに本件土地所有権の存することを前提とする被告らに対する本訴請求はその余の双方の主張につき考えるまでもなくいずれも理由がないというべきであるから失当としてすべて棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 増田幸次郎 杉本昭一 古川正孝)

物件目録<省略>

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